古民家再生始末記5

いよいよ薪ストーブについて書きます。古民家再生に必須のアイテムがあこがれの薪ストーブでした。

古民家再生をするにあたり大きく二通りのやり方があると考えます。一つは純粋に忠実に日本古来の生活様式を再現するやり方ともう一つは古民家を生かしながら現代の生活様式を取り入れて快適な住まいとする方法です。

筆者の古民家再生は、後者の方で古来の囲炉裏でなくて薪ストーブを計画しました。

機種の選定

薪ストーブの設置は全く初めてのことですが、前から興味があり、いろいろと調べていました。日本は、モノづくり大国で世界に名だたる様々な製品を作っていますが、こと、薪ストーブに限っては、残念ながらそうとも言えない状況にあります。日本のメーカーのものもあり、値段も欧米製のものの3分の一位と安いですが、中国で製作しており品質的にもイマイチであると聞きます。

薪ストーブの先進国は欧米であり、歴史もあります。中でも北欧の多くのメーカーが素晴らしい製品を製作しています。特に近年は、欧米において、富裕層を中心に住宅に薪ストーブを設置する事例が増えていると聞きます。

設置した薪ストーブはデンマークのモルソーというメーカーの製品です。古くからの鋳物メーカーで種々の薪ストーブを製作しています。デンマークだけにアンデルセンストーブと言われています。以前はこのタイプをその形からアグリーダックリング(醜いアヒルの子)と呼んでいました。

設置したシガータイプのアンデルセンストーブ

設置したシガータイプのアンデルセンストーブ

設置した薪ストーブはシガータイプの奥行きの長い古典的なスタイルで、小型のMAX5000カロリーのものです。

設置するリビングダイニングが約30㎡で6面とも断熱材を使用し、ペアガラス仕様で断熱性能も比較的良いこと及び経済的な理由からから決定しました。


アンデルセンストーブ

アンデルセンストーブを象徴する栗鼠とオークのレリーフが側面についている
右上はバイメタル式の温度計


このストーブはクリーンバーン方式といわれる優れもので、一次燃焼した焔は、前面から上方の空気室を通り煙突から抜けます。上方の空気室を通る際に二次燃焼し、煙が煙突から出る時は、ほぼ透明でストーブを焚いていることが分からないくらいです。

木材を原料とする薪ストーブは、カーボンニュートラル(空気中への二酸化炭素の出入がほぼ同量)であると同時に、このストーブは大気汚染にも負荷の小さいものとなっています。

設置環境

オール木造の家に薪ストーブを設置するため、特に防火には様々な配慮をしました。建築基準法上の制約もあります。

炉台には厚さ5㎝のレンガを敷き詰めるとともに壁面はレンガタイルを張りました。

炉台の広さは、壁面との距離を考慮して1.2m×1.2mのサイズで、薪なども置ける十分な広さがあります。小型の薪ストーブには、やや広すぎるような気もします。

壁面

壁面は、事前の調べで、低温発火に十分配慮する必要があるとの情報があり、壁面は全面10cmの空間を設けてあります。

また、空間の熱い空気が抜けるように20cmごとに1cmm径の穴をあけてあります。


防護柵

筆者の古民家には、孫たちもよくやってきます。薪ストーブは火傷などの安全性の面から対応を考える必要があります。小学生くらいに大きくなっても元気な子供は何かのはずみでストーブに接触しないとも限りません。そこで防護柵を手作りしました。スギのタルキ材を柵にしたものですが、蝶番を付けて折りたためるようにしてあります。

孫の来ないときは、文頭の写真のように折りたたんでストーブの後ろに置いておきます。

煙突

薪ストーブには、当然ですが、煙突が必要です。薪ストーブを設置するうえで煙突をどうするかというのはとても重要な要素です。

一般的に煙突は、ストーブから真上に天井を突き抜けて出すのが一番いいのですが、今回の場合は、ちょうど古民家再生と同時に設置したので、ストーブから真上に設置できました。

煙突はシングル管と中に断熱材を入れたダブル管で設置してあります。ストーブのドラフト(煙、火炎の引き出し)を効果的に行うとともに住宅の部材との接触による発火の安全性を確保するためには、煙突の断熱が必要ですのでルール通り、上の方はダブル管で施工しました。また、煙突は屋根の上から0.9m以上出して建築基準法をクリアしています。

下方がシングル管、上方がダブル管

下方がシングル管、上方がダブル管

煙突の外観

煙突の外観


薪ストーブに焚く薪の確保については、何の問題もありませんでした。逆に薪の確保が容易だったから薪ストーブにしたようなものです。

古民家再生をした川辺には、近くに数か所の広葉樹、針葉樹の山林を所有していて、数年前から薪ストーブ用の薪を蓄えていたのです。

山林を所有していると、わざわざ薪のための樹木を伐採しなくても、風倒木や支障木の処理のために薪の原料がいくらでもあります。近くの森に2.5m×6.0mの薪専用小屋を作り、冬場にせっせと薪割りし、貯蔵しています。

薪

薪ストーブに使用する薪は、数年乾燥したシイ、カシ類の広葉樹を使用しています。乾燥した広葉樹を使用すると灰や煙突の煤は極端に少なくて済みます。

使用し始めて3年後の煙突掃除でも握りこぶしほどの煤の量でした。

薪は使用する分ずつ薪小屋から運んでくる。
この量で一日分位。


薪ストーブあれこれ

薪ストーブの火を見ながらくつろぐ時間は、何物にも代えがたいやすらぎに満ちた時間になります。また、その温かさは、穏やかで心休まるものです。

薪ストーブは家全体が温まるのには時間がかかり、薪割りなど薪の確保や絶えず薪をくべる必要があるなど多くの手間と設置自体にも多額の費用を要します。しかし、これらの手間を厭わない人のみが得られる喜びがあります。

筆者の場合は、森と木の研究所のメンバーである建築設計事務所AXEの田中さんから設置していただきました。経費は薪ストーブが21万円と煙突及び設置費あわせて40万円あまりで済みましたが、一般的に煙突代と工事費が想定外にかかります。通常の欧米製の薪ストーブの場合50万円から100万円くらいを覚悟していた方がいいでしょう。

薪ストーブを設置してから7年目の冬を過ぎましたが、残念なのは年々暖冬気味で、火を焚く時間が少なくなっていくことです。毎年、寒くなり、ストーブに火を入れると時が早く来ないかなと思っています。

古民家再生始末記4

3年間さぼっていました。今回は風呂について書きます。次回で古民家に必須の薪ストーブについて紹介したいと思います。

風呂

古民家を拠点とする山仕事、畑仕事、稲作、木工、NPOの活動などのアウトドアでは汗をかく機会が多くて風呂は不可欠です。私の考える古民家にふさわしい風呂は、可能な限り環境負荷を与えずに、安価に、しかも快適で利便性の高いものを設置することでした。

風呂

この前提条件の中からの帰結としては、環境負荷、経済性の観点からは、資材の再利用、自家材の使用、燃料として薪材を使用することでした。また、快適性、利便性の観点からは使用する資材が快適であること、バスタブの湯はもとよりかかり湯も使える仕様であることでした。

資源の再利用については、まず、バスタブ、瞬間湯沸かし器、混合栓は古いものを再利用することとしました。また洗い場に使用する石材もあるものを再利用するとともに、壁材には自家材のヒノキを使用し、快適性の向上を図ることとしました。薪材の使用については新たに効率の良い薪ボイラーを購入することとしました。

壁・床

内装の壁には、自家山林から製材したヒノキを使用することにしました。ヒノキ風呂についてはかねてからあこがれがあって、バスタブまでヒノキとしたかったのですが、加工に課題が多くて実現しませんでした。でも壁材だけでも満足しています。いまだに入浴の際の香りは最高で、癒しの効果は抜群。

壁の水掛かりの部分は、コンクリートのみでは味気ないと思いレンガタイルを張ってあります。このレンガタイルはホームセンターで規格がそろわず放置してあったものを千円で購入して、左官さんに貼ってもらいましたがデザイン的にも満足しています。

床には溶結凝灰岩の切り石を使用しています。古民家のあるこの地方では、近くにある石切り場から溶結凝灰岩を切り出し、墓石や建築資材として多く使われています。民家の建設には、基礎土台や屋根の棟や鬼瓦などとして使用されていますが、ここに使用した切り石は、堀こたつの囲み石として使用されていたものを再利用しました。

床材の溶結凝灰岩の床は、ザラザラした感じで、滑らず温かく掃除も楽です。湯じまいの時にサッと湯を流すだけで垢などが付きにくく不思議です。天然素材だからでしょうか。

ヒノキの竪羽目板

ヒノキの竪羽目板

溶結凝灰岩の切り石を使用した洗い場

溶結凝灰岩の切り石を使用した洗い場


薪ボイラー

バスタブに湯沸かしとして循環式の薪ボイラーを採用しています。薪を使用することとなったのは、薪材が豊富にあることと、体の芯から温まる五右衛門風呂の味を再現したかったからです。とは言っても今更五右衛門風呂ではあまりにも不便ですので薪ボイラーで五右衛門風呂効果を再現しました。

幸いにして、長府製作所というところで薪ボイラーを作っているとのことで、ネットで購入しましたが5万円程度で購入することができました。現品が届けられた時、段ボール箱があまりに小さかったのでこれで大丈夫かなと思ったのですが、なかなかの優れもので夏場だと20分ほどで湯が沸かせます。

長府製作所の薪ボイラー

長府製作所の薪ボイラー

冷たい水は下の管からボイラーに、温まった湯は上からバスタブに循環する

冷たい水は下の管からボイラーに、温まった湯は上からバスタブに循環する


外部に引き出した煙突

外部に引き出した煙突

風呂蓋はスギ材で手づくりしたものです

風呂蓋はスギ材で手づくりしたものです


薪ボイラーの湯は、いつまでもホカホカとして温かく体の芯から温まります。そしてなぜか不思議なことにお湯が柔らかで気持ちいいのです。

このため、孫たちもこの風呂が大好きで、ここに来た時は必ず沸かして入ってから帰っていきます。また、湯が冷めにくいので、宿泊した朝は、少しだけ追い焚きして朝風呂を楽しみます。

先に述べたように、バスタブ、瞬間湯沸かし器、混合栓は、自宅を二世帯住宅に建てなおした時、処分しないでここに再利用したものですが、十分に機能を発揮しています。


古民家再生始末記3

もっと早く始末記3をUPすべきでしたがやっと日の目を見ます。始末記3では内装関係を天井、壁、床の順に紹介したいと思います。

天井

始末記2で記載したように、基本的には構造材以外はすべて解体して再生しましたが、母屋部分の屋根は、縁側の木舞部分の化粧板が一枚板のいいものだったのでここは残すことにしました。それで瓦、平木、ノゴメを除去し、垂木はそのまま使用することとした。

垂木は丸みのついた部分もあり、あまりいい材ではありませんでしたが、垂木を交換すると木舞部分の化粧板が使用できなくなるためそのまま使用しました。

また、母屋部分はすべて天井板が張られていましたが、これらもすべて撤去し、小屋組をすべて「あらわし」にして見せることとしました。

天井

構造的には、内側から石膏ボード→断熱材→遮熱シート→通気層→野地板→ルーフィング→コロニアルの順になります。本来ならば日置瓦葺きとしたかったのですが、予算等の面からコロニアル葺きとしています。

屋根天井の施工にあたって苦労した点は、小屋組の取り扱いでした。永年のほこりのほかにシミなどがあり、「あらわし」にするには見苦しい状況でした。そのため、サンダー掛けすることにしましたが、小屋組すべてを解体しないでそのままでサンダー掛けするには、夏場の暑さや、ほこり、加工姿勢など大変な労力を要しましたが、今見ると見応えがあります。天井をなくしたことで小屋組の構造が「あらわし」になり、開放感があります。

防塵メガネ、マスク及びタオルによる被覆など完全防備体制で臨みましたが、この作業でサンダー屑による軽い皮膚炎になりました。

夏の屋根からの輻射熱を防ぐために通気層と棟換気を設けましたが。あまり効果がないようです。日本瓦の断熱効果とその隙間の空気層には勝てないようです。通気層については、ノゴメで空間を作りましたが、5cm位ないと空気がうまく流れないのではないかと思います。また、棟換気については市販のいい金物はないようです。越屋根構造にでもしないといけないのかなと思っています。

壁

内装の壁はすべてスギ板の横羽目仕上げです。スギ板については先に述べたように自家材を製材、乾燥し、モルダー仕上げとしています。塗装はしていません。

構造的に内側からスギ板の横羽目→断熱材→防水シート→スギ板の下見張りとなっています。断熱材は100mmのグラスウールです。後ほど薪ストーブの項で述べますが、薪ストーブの設置してある部分の壁構造は別です。

壁02

内装壁で収納部分の扉については、従来からあったふすまとスギ横羽目のあつらえた扉を使用してデザイン的に違和感のないものとしています。

開口部は、すべてペアガラスのアルミサッシで中窓より大きい開口部は、透明ガラス、シャッター付きとなっています。

以上のような仕様ですから大変シンプルで落ち着いた空間となりました。

ワンルームのキッチン、リビング部分と風呂、トイレへの廊下部分など和室の一部分を除き、スギ板のネダレスを使用しています。

床

ネダレスとはご存知の方も多いと思いますが、床板としては、従来、厚さ15mm、幅100mm程度のヒノキ縁甲板や他の広葉樹材を使用してスギ材はほとんど使用されませんでした。その中にあって、国内で多量に生産されるスギ材の新しい用途として考案されたものですが、厚さ30~35mm、幅150~180mmの板を大引きの上に直接張り、根太を使用しない床材、つまりネダレスというわけです。板を厚く加工して使用することで30cmおきの根太に床板を張っていたものが90 cmおきの大引きの上に直接張ることができるようになりました。このような使用方法は、江戸時代の城などにもみられます。

床02

そのため、根太とその造作が不要となり、工事費の削減と国内で多く生産されるスギ材の有効活用につながる工法となっています。欠点としてスギ材の床板は、材が柔らかいため傷がつきやすく汚れやすいことが挙げられますが、一方で足触りがよく人にやさしい快適な住まいとなります。傷や汚れも家族の生きた証と考えると悪くないと思います。どうしても気になるときは、厚さがあるため、サンダーで簡単に磨くこともできます。さらに表面をブラッシングして年輪を浮き出させた「浮づくり(うづくり)」は、足触りの快適なものとなっています。ネダレスは、住宅の洋風化とともに、今後、大いに普及していくのではないかと期待されます。

さて、わが髙田の古民家の床は、内側からネダレス→コンパネ→ウレタンの断熱材で、和室の畳の部分は、畳→コンパネ→ウレタンの断熱材となっています。

20畳ほどのリビングダイニングはすべてネダレスの杉板張りで、12畳の和室は畳を7.5枚敷いて残りはネダレスの杉板張りとしています。森と木の研究所のメンバーが同時に6名就寝することができました。

子供たちの遊びのスペース

また、この地方では、居間の三和土の上にモミを収納する場所を設けていますが、ここを活用して子供たちの遊びのスペースとしました。


古民家再生始末記2

始末記2では、自家山林の伐採、製材及び外観など家全体について紹介し、次回から内装、風呂、台所、薪ストーブなどについて順次書いていきます。

建築工事は、平成25年の5月から7月にかけて実施しました。

伐採

古民家再生に使用した木材の大部分は、自家山林を伐採して使用することにしました。伐採、搬出、製材と手間はかかりますが、林業技師としては、せっかく育てた自家山林の木を使用したかったからです。幸いにして、伐採する林業事業体も、大径材を大割する送材車のある製材所も、高度加工のできる南薩木材加工センターも近くにありました。

所有山林は数か所に分かれているのですが、そのうちの一か所が林齢や“出し”から適当であると判断し、伐採することにしました。

森林は、古民家のある集落から1.5Kmほどのところにあり、面積が0.6ha程度でスギとヒノキが立っています。伐採したのはそのうちの約0.25haで100本ほど立っていました。樹齢58年、胸高直径30~80cmでスギ7、ヒノキ3の割合です。

地位(林地の生産能力)が良かったせいか、樹齢の割には大きく、毎木調査の結果、100本で約100m3あることがわかりました。今回は、その一部を使用することにしました。

伐採は南九州市の林業事業体の園田さんにお願いしました。伐採する林分からから幅員2.5mの作業道まで20~50m位のいい条件であり、地利級としてはいい方です。

これらの木材は、直径が大きく、南薩木材加工センターのノーマンツインソーに入らないため、送材車のある近くの有薗製材所で製材しました。

すべてが良質材というわけではなかったのですが、そこそこの板材、構造材を採ることができました。

伐採した自家山林

伐採した自家山林

目通り周囲240cm

目通り周囲240cm


製材所に運び込まれた丸太

製材所に運び込まれた丸太

荒挽きした製材品

荒挽きした製材品


施工

古民家再生を行う場合に問題となることの一つがどこの工務店を選ぶかということです。新築やリフォームを専門とする工務店はいくらでもありますが、古民家再生を経験した工務店は意外に少ないのではないでしょうか。幸いにして、小生は、木造建築や木材についての若干の知識があったので、自分である程度の施工管理ができると考えたため、むしろ小さな小回りの利く工務店が適当であると考えました。

古民家再生をする集落内の出身で、鹿児島市内において工務店を経営している方がおり、工事をお願いすることにした。発注方法としては、見積り契約で完成後精算する方法としました。

解体工事

基本的には柱、桁、梁、小屋組みなどの構造材のみを残し、他はすべて解体することとしました。厩(うまや)の部分は中二階をなくし、母屋部分と屋根を揃えるため屋根も解体しました。ただ、母屋部分の屋根は、縁側の木舞部分の化粧板が一枚板のいいもので、解体するのがもったいないので、平木、ノゴメのみ除去し、タルキはそのまま使用することとした。

壁、床、天井を取り払い、柱、大引き、梁、桁、小屋組みのみになった母屋部分。

大引きは丸太のままである。

独立基礎で柱は、土台石の上にの上に乗っている。

きゃくろ(客櫓?)づくりで筋違などは全くない。

外観

小生は、前から住宅の外装は木材の南京下見張りにあこがれていましたが、市街地に建築する自宅は、法的な制限から実現できないため、やっと川辺の家で実現することができました。

板は、スギを使用し、南薩木材加工センターで乾燥、モルダーがけ、防腐、防虫処理を行いました。加工は、厚さ18mm、幅150mmとし、ステン釘留めとした。下見板張り付け後に、キシラデコールのカスタニを塗布しました。

この工程の板張り工事の一部と防腐剤の塗布は、自ら楽しみながら行いました。時間を見つけながら行ったため、最終的に塗布が終了したのは、平成16年の5月です。

なお壁の構造は外から室内側へ、スギ板、防水シート、断熱材、スギ横羽目板の順です。

西南方向からの外観

西南方向からの外観

左が厩、右側が居住区域

厩は車庫、作業小屋に使用

厩の左は架け干し用の長木、支柱置場

スギ板の南京下見張り

スギ板の南京下見張り


古民家再生始末記1

森と木の研究所のホームページに「とっておきのいい話」のコーナーが一年ほど前から設けられていましたが、やっと原稿ができました。とりあえず、大坪が「古民家再生始末記」というタイトルで升目を埋めます。何回かに分けて書きますのでよろしく。

はじめに

小生の出自は南九州市の川辺町ですが、父は勤めの関係で鹿児島市に居を定め、小生は鹿児島市内で育った。しかし、川辺町の方に小さな家と若干の田、畑、山林があり、父亡き後、その管理を小生が引き継いでいる。しかし、アウトドアの好きな小生は、これらの資産を管理するというよりは、アウトドアのフィールドとして楽しんでいる。

古民家再生の目的は、資産の管理と余暇の基地としてである。

古民家

今回、古民家再生を実施した川辺の家は、高田という集落の中にあり、元々、母方の祖父母が二人で住んでいた。ちなみに、集落から2.5㎞のところに高田石と呼ばれる溶結凝灰岩の石切場があり、祖父はそこで石工をしていた。祖父母が他界してから約30年間は、父が管理のため週1回ほど帰省して利用していた。周囲は人家に囲まれているが、過疎化で非住家が多く、集落の中にありながらも比較的静かな場所である。

この集落は、50t数年前に大火があり、ほとんどの家が燃えつくされ、古民家といっても昭和35年ごろ建築された築55年ほどのもので、さほど古いものではない。しかし、純木造の手作りで、明治、大正以来の当地方の民家づくりの様式をよく伝えており、古民家と呼んでもいいのではないかと思っている。

古民家の構造

当地方の典型的な農家は、母屋と厩が併設されており、母屋は一階建てで、厩は中二階建てとなっている。屋根は平木の上に日置瓦葺の入母屋造りとなっている。

壁や床を解体し、構造材の様子
残念ながら解体前の写真は残っていない

構造的には典型的な「きゃくろ」づくりで独立基礎となっており、床はすべて柱にホゾで組み込まれた大引きの上に架かれている。きゃくろづくりであるため当然のことながら筋交や耐力壁はない。

玄関と台所の部分は張り出して建築されているが、今回は、取り壊し減築した。

外壁はスギの3分板縦張りで内部もスギ板張りである。外壁は防腐のため下部をコールタールで塗布してあった。


典型的な川辺の農家

厩が中二階で1階は牛馬を飼い、二階部分は農具等の物置場や稲わら等の貯蔵庫として使用していた


木材

使用している木材はすべて自家山林からの供給材であり、良質材は少ない。むしろ節が多く曲がりのある木を大切に使用している。

柱は、4から8寸角で表間がヒノキで、居間がスギとなっている。横架材の梁桁はヒノキかマツとなっており小屋組みも同様である。また大引は、末口径30cmのスギ材を丸太のままで使用している。

木材加工

隣の集落に昔から製材所があり、柱や板材は、そこで送材車により製材し、カンナ仕上げとしている。梁は太鼓に挽いたものを釿(ちょうな)で斫(はつ)り使用している。また、当然ながら仕口や継手は大工による墨付けと手加工である。

屋根下地は、スギ材の手割りの平木を使用していた。昭和30年代までは、平木の手割職人がおり、「ヒラッグァイ」と呼んでいた。

その他

集落の民家は、最近建築されたものを除き。建坪の差はあるが、ほぼ全戸が同じ構造、外観となっている。

先に述べたように石材の産地が近くにあったことから、高田石を厩の基礎(堆肥を積んだり、牛馬を飼うために1m以上の高さがある)や屋根の棟石や鬼瓦に使用している。

東西ともに入母屋造り

基礎の高い厩の作り


古民家再生の方針

古民家再生にあたっては、経済的な問題と常時住む場所でないことから可能な限り安価に仕上げることとした。しかし、再生の目的が、快適な住空間を得るためだったことから壁、床、天井の断熱や水回りの利便性には新築同様の配慮をした。

したがって、壁、床、天井には十分な断熱材の挿入とすべての開口部はペアガラスのサッシ戸とした。また、水回りについては下水道施設がないため、合併処理槽を新たに設置し、トイレの水洗化とキッチン、風呂の排水を行うこととした。

外壁は洋風の板張りとし、屋根は、日置瓦葺きとしたかったが、経済性と維持管理の容易さからコロニアル葺きとした。

また、家の内と外の接点としての役割を持つウッドデッキを居住部分南面全体に設置することとした。

同時に、鹿児島の自宅も建て替え、必要な用材は自家山林を伐りだして使用することとしていたため、川辺の家に使用する木材もすべて自家材を使用することとした。

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